旧道エッセイ・プラス Vol,10

房総半島横断「外房線土気駅〜大網駅」間

根布谷 禎一 

 千葉市のJR蘇我駅から外房線の列車に乗ると、鎌取(かまとり)、誉田(ほんだ)、土気(とけ)と文字面は簡単であるが、北海道の難読地名にも匹敵するくらい読み方に戸惑う駅が続く。この土気駅を過ぎて次の大網駅に着くと、房総半島の内房から外房を一気に横断することになるのである。蘇我駅から大網駅までの所要時間はわずか18分足らずであるが、その途中の土気駅から大網駅の間にはちょっとした峠がある。そこを走る現在の外房線は電車の高速化に伴い1972年に直線化されてしまっているが、それまではとても深い狭い切りとおしの中を走っていた。そこで今回はその旧線跡を探してひとり旅にでた。
写真1 JR土気駅北口
 土気駅北口は垢抜けた感じの駅前の南口とは違った故郷を思い出させるような昔なつかしい町並みが広がっていた。千葉から外房に通じる県道、通称大網街道が通っているため、交通量は思いのほか多かったが、呉服、時計、本、それに床屋といったまるで40年くらい前にタイムスリップしたような光景である。そんな町並みを狭い歩道を歩いていくと、昭和の森へ向かう道路との交差点に水準点を発見した。イチョウの枯葉が積もっていたため発見にちょっと時間がかかったが、黄色の枯葉のカーペットの中にちょこんとある水準点は、秋の日差しを浴びて金色にきらきら輝いて見えた。

この辺から旧線が分岐していたはずであるが、辺りは新興住宅街と化していて、その痕跡らしきものは確認できなかった。さらに進むと、小型自動車がやっと通れるほどの復員の踏み切りを発見した。この踏切を境にして住宅街が途切れて、ようやく旧線跡を発見することができた。あいにく立ち入り禁止の立て札と周囲を鉄線で囲まれていることから、中に入って歩くことはできなかったが、外房線跡であることは間違いない。

写真2 金色のじゅうたんの中の59.0m水準点
写真3 土気ふみきり
写真4 旧線跡(踏切より東側を望む)
 そこから先に進むと外房線はトンネルに入ってくことになっている。その先にかつてはトンネルを出てから狭く深い切りとおしの中を走っていたことになっているが、現在はそのほとんどが埋め戻されて、跡地は病院、テニスコートなどの公共施設として利用されている。その脇にかつての切りとおしのはるか上を渡っていた橋が、突然唐突にテニスコートの脇に現れた。端の欄干が当時を忍ばせるが、下に川があるわけでもないのに道路脇に欄干があるだけで、なぜ?と当時を知らない人なら首をかしげてしまうだろう。
写真5 深い切り通しの中を走る外房線
 その橋から先はほとんど旧線跡を確認することはできないため、さらに先の善勝寺に向かって坂を上ると途中から高台に出た。人工的に造成された高台であるがその下のはるかかなたに大網の町並み、さらにはその先に広がる九十九里の平野を眺めることができて、まさに爽快な気分である。その高台の下からご夫婦が歩いて上ってこられたのでこの先を歩いて降りれるかどうか聞いたところ、無理とのことなので、諦めて、またもとの道に戻ることにした。
写真7 かつて切り通しのはるか上にあった橋
 再び先ほどの欄干だけある橋を渡り外房線の北側にある道を歩いていくと、道沿いには、土気城跡や貴船大明神など歴史的遺跡が残っている。そうして日航研修センターの施設の東側を通ってと見ると「ここより先車両通行禁止」の看板が立っていた。どうやら、この先は今年の大雨等で道が崩れているらしい。こうした道に遭遇するとわくわくした気持ちで胸が高鳴るのが、まさに「北海道旧道保存会」の会員である。そんな看板も全く気にせず先に進んでいった。道路には倒木や大きな岩がごろごろころがっていて車両の通行は不可能ではあるが歩く分には問題ない道ではある。だが、道幅は狭く、両サイドは切りとおしになっていて、しかもうす暗くじめっとした雰囲気が漂っていて、途中には忘れ去られたような小さな墓地もあり、まだ12時前と日中であるにもかかわらず一人で歩くにはちょっとした恐怖心を抱かせる。そんな薄気味悪い道を通りすぎ、外房線を横切ると、ようやく辺りが明るく開けた。
写真6 切り通しを埋め戻した高台から大網方面を望む
写真8 土気へ向かう列車

 そこからは、それまでの閉塞感とはうってかわって、外房の開放されたのどかな田園風景が広がっていた。すっかり稲が刈り取られた田んぼの中を蛇行する道を秋の日差しを浴びながらのんびりと歩くのはまさに最高の気分である。2時間半程度の小旅行であったが、久しぶりに満足感で一杯の旧線跡歩きであった。

 ふと外房線に目をやると、独特のブルーとクリーム色のツートンカラーの快速電車が、大網駅から土気駅に向かう上り勾配をスピードを上げながら走っていた。

写真9 初冬の景色
2005/7/24掲載 
文 写真   根布谷 禎一 <北海道旧道保存会>
このページに掲載の図は、国土地理院発行 2万5千分1地形図『千葉東部』の当該部分をカシミール3Dにてレンダリング、縮小加工したものです。