さあて私めはまた東側の裏道に入り込み、向井原へ戻る道すがらでもう一つの水準点を探してみることにします。この裏道も"旧道"と言えなくもなく、山裾に消えた道は旧々道と呼ぶべきでしょうか。「大道寺」の南で向きを変えて銭尾峠から来た道と合流して北東へ抜けているのが旧々道で、今歩いている道と重なってくるとも考えられます。(古い地図を調べれば良いのでしょうがすみません)
高速道をくぐって細く上りにかかった辺りにこれまたちゃんと標識が立てられて、今度は守り石もがっしりと水準点の無事な姿が見られました(写真-6)。(「市場」の文字の西側です)。ただこちらは「一等」の二文字はありません(写真-7)。
松山から10時以降の最初の旧線廻りは11:57、ホームに上がれば列車が来るにはまだ間がありました。この日は下灘から歩いたのですが、そのお話は機会があれば改めて。
尚、常国女史(裏サンドウ喫茶室の別のページにお名前がありますので御一読下さい)のおかぶを奪うつもりは毛頭ありませんので悪しからず。
(現地探訪:2003年9月)
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