旧道フォトグラフス Vol,9

濃昼峠 (厚田村 濃昼山道)

          写真 文 ・ 久保 ヒデキ


 この”旧道フォトグラフス”において、『濃昼山道』がテーマになるのはこれで三つ目となる。それだけ思い入れが深いという証拠になるだろうか。もっとも”北海道旧道保存会”には私以上に『濃昼山道』に入れ込んでいる者も多数おり、ほとんど全線にわたって走破した強者もいるわけで、それに比べれば私などはまだまだ”峠を知らない新参者”である。
 そんな折、三たび訪れることとなった『濃昼山道』歩きでは、私なりにひとつの目標があった。以前、資料として我が旧道保存会会長のネブヤ氏から渡されていたコピーに掲載されていた一枚の写真。それは、濃昼山道の頂上、濃昼峠から昭和31年に撮影されたもの。沢の向こう、尾根の斜面を横切る山道。さらにその遠く、厚田、望来の集落を捉えていたはずのそれは、写真とはいえコピーを繰り返した末のものだったため、ディテールもつぶれ、おおよそ山の形しかわからない、ほとんど”挿絵”のような状態だった。だが、まだ濃昼峠を知らない私にとっては、非常に想像力をかき立てられずにはいられない一枚だった。いつしか無性に「その写真と同じものを撮りたい」と思うようになっていたのである。

 いつもの旧道歩きでは持つことはない大判カメラと三脚を担ぎ、同行者の助けを仰ぎながらようようたどり着いた濃昼峠は、想像どおりの別天地だった。細い尾根に立つと、正面にほぼ180度で広がる真っ青な日本海。40年前の写真に、カメラを重ね合わせる。厚田の町が遠くかすんで見える。晴れて透明度が高ければ、もっとその先まで見えるのだろう。画面の中、向こうの山を横切っていたはずの山道は、さすがにこの数十年間で自然に還ってしまったせいで判然としない。代わって高圧電線が、尾根の向こう側から直線的に伸びてきて、頭上を越えている。それ以外、山の形は当時のままのようだ。
 安政年間に拓かれ、その歴史の中では何人もの通行人が命を落とした難所中の難所である。そんな無念さが混じりあっているような、谷あいから吹き上げる冷たく強い風が、まだ新芽のない枝ばかりの木々を揺らしている。当時、これを撮影したカメラマンは、何を思い、何を見つめていたのだろうか。ピントグラス越しにそんなことを考えながら、日没が迫るのも忘れてシャッターを切っていた。